『江ノ島西浦写真館』(三上延)



江ノ島にある写真館そこの女店主が亡くなり店を閉めることとなり、孫娘の繭は整理のために久し振りに写真館を訪れる。写真家を目指していた繭はとある出来事が元で、写真からは身を離していた。整理を始めると「未渡し写真」と貼紙のある缶が出てきた。そこにあった写真が秘めたものとは。
「ビブリア古書堂」でお仕事ミステリのブームを生み出した作者による作品。閉ざされた古い写真館を舞台に、過去と現在が繋がります。写真というのは過去を閉じ込めたもの。その一枚に景色だけでなく人間の感情も時間も何もかもが込められるのでしょう。だからミステリの題材として扱いやすいものなのかも知れません。そこに写真の専門知識を謎を解きほぐす鍵として用いる。お仕事ミステリの模範となるようなきれいな型が出来上がっています。
そこに出て来る人物誰も彼もが謎を心に秘めており、それらによって物語が紡がれていきます。主人公の繭の謎で引っ張っていくのかと思いきや、序盤でその謎は開陳されます。でもそこを解放することによって、後の人物同士の関係性が生まれるのだから面白いです。
全体的にセピアが掛かったようなおとなしめの印象ですが、それが凛とした印象へと移りゆく様子も楽しめました。
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『にじ色の本棚 LGBTブックガイド』(原ミナ汰、土肥いつき編著)



LGBTブックガイドとあり、LGBTを扱った小説(物語)が紹介されているのかと思いきや、それだけに留まらずLGBTの歴史や制度改革の運動などの本が紹介されていました。しかも単なる本の紹介ではなく内容の要点が記されているので、この本を読むだけでも過去から現在に至るLGBTの流れ、そしてそこにある問題点が見えてきます。
マイノリティの問題を扱う時に、マジョリティと同じにすればいいという訳ではなく、マイノリティがマイノリティのまま不自由なく生活できること(生きること)ができる世の中こそ目指すものなのでしょう。それはマイノリティが優遇されることではなく、マイノリティに対する目を忘れずに持つことが、全ての人にとって生きやすい世を作る礎となることを意味します。
LGBTという表現は今や定着しつつありますが、便利な言葉となったが故の問題もあるでしょう。つまりは何でも「LGBT」と表わせばそれでいいという感覚。本来性的少数派を4つに区分することはできず、またこの4つにしろ全く別の意味を持っています。よくあるのが「20代のLGBTの男性」のような表記。こういうのに出くわす度に、え?どういうこと?と困惑します。アルファベットで表わすことによって曖昧にしてしまっているのでしょう。ハッキリと口にしない変わりの隠語みたいな使われ方に気持ちの悪さがあります。
そのためには「LGBT」とは何を表わすのか、そのことを知る必要があるのでしょう。「私たちとは違う何か」と線を引き区分するための言葉にしないためにも。その手助けとなる本も紹介されています。
またここではまんがを含めて創作(物語)も紹介されています。それは性的少数派が生きるためのロールモデルとしての役割を果たすものかも知れません。マイノリティは周りを見渡してもモデルとなるものが見付けにくいものです。そんな中で同じ境遇(もちろん全く同じではないけれど)の人物の姿が描かれるのは心強いものです。他者の生き方に共感する。たったそれだけのことも難しくある。だから物語はそんな人たちの力となるのでしょう。それはもちろん実在の人物を紹介したものも同じ。やはりそこに物語があり、その物語に救われることもあるのでしょう。

『ワンダー Wonder』(R.J.パラシオ、中井はるの・訳)



オーガストはふつうの男の子。ただし、顔以外は。このキャッチコピーが全てを表わしています。オーガストの顔を見た人はまずは驚き、次にそっと目をそらし敢えて何もないかのように振る舞う。もしくはそっとその場を離れる。もしくはおぞましい言葉を投げ掛ける。オーガスト自身自分の外見については嫌というほどわかっており、「きみがどう想像したって、きっとそれよりひどい」と述べている。
幼い頃から手術の繰り返しのため学校に行ってなかったオーガストが学校に通うことになることから物語は始まります。オーガスト自身、そして姉のヴィア、親友、姉の友達や彼氏の視線で物語は語られます。それによってオーガストが置かれた立場だけでなく、オーガストのそばにいることの意味がより深く語られます。
学校でのオーガストは否応なく目立ち、目立つが故に孤立します。大抵の人たちはあからさまな悪意を発しはしないが近付きもしない。一部の人は自分から遠ざけようとし、また一部の人は積極的に悪意をぶつける。そんな中ではじめから外見を気にせず近付いてくれる女の子や、はじめは先生に頼まれたから世話を焼いていたが、次第にオーガストの内面に惹かれて親友となる男の子などの存在がオーガストの世界を広げていきます。
また姉の視点では弟のオーガストを愛するが故にオーガストがいなければオーガストの存在を知られなければという思いが膨らみ、膨らむ思いに自己嫌悪に陥る姿も描かれます。
出てくる人物はみんなオーガストを通じて己の心を見せられることとなります。しかしオーガストは決して他人の道徳心を計るための道具ではないのです。みんなオーガストの外見に関わらず、オーガストがオーガストであるから付き合っていきます。だからこれを読んだ人もオーガストを己の道徳心のはかりとするのでなく、オーガストの勇気、そして周りの人の愛と葛藤をそのまま受け容れてそれこそを己の心の糧とできればいいのかも知れません。

『宇宙からきたかんづめ』(佐藤さとる)



スーパーで手にしたパイナップルのかんづめ。ばかに軽くてふってみたら「ふってはいかん!」とかんづめから声が聞こえた。
地球を調査に来た宇宙人が中にいるかんづめ。そのかんづめの宇宙人が語る不思議な物語。SF童話と称された物語の面白さ。本来SFならばどのような理屈という部分が不可欠であるが、ここでは科学的現象の結果の部分だけを抽出して物語に乗せています。なので、タイムマシンやものを小さくする光線やものを考えるカビの理屈はわからなくとも(叙述されなくとも)その結果部分がもたらす物語の面白さを味わうことができます。
本来子ども向け作品とSFは相性がいいのでしょう。ただ子どもにとっては科学の不思議も魔法の不思議も同じことなのかも。進み過ぎた科学は魔法と同じ、それがそのまま子どもたちの感性に迎えられるのでしょう。ただ不思議に対して書き手がもつ科学知識から何がどう不思議であるのかの叙述があることによって、その物語はSFであり得るのかも知れません。ここを入口にSF的不思議の魅力を知ったならば、それが次の科学やSFの扉を開く鍵となるのでしょう。

『Arknoah 2 ドラゴンファイア』(乙一)



『アークノア』という絵本の中に入り込んだアールとグレイの兄弟は、そこで自らの心が生んだ怪物と相対することになる。そんな前作では弟グレイの怪物を退治して、グレイのみが現実世界へ帰還するところで終わる。そして第2巻となる今作では新たにマリナという少女がアークノアにやって来ることから始まる。現実世界でその歯並びの悪さからいじめられていたマリアの心が生んだ怪物は歯並びの悪い竜だった。
前作ではアールが自らの境遇を憂い逡巡し自らの道となるものを模索する様子が書かれていました。異世界での生活に馴染もうとしている様子も書かれていました。(その対極となる存在として全てに対して反発する弟グレイの姿も共に。)
しかし今作ではアールは状況に流されっぱなしなのです。主人公としての憂いも逡巡も見せず、その役割は新たな登場人物であるマリアが背負っているかのように見えました。これはアールの物語でなく、アークノアという世界の物語なのだろうか。だからアールには主人公としての役割を与えられていないのかと思いきや、マリアはアークが主人公として成り立つための要素であったことがわかります。
前作を引き継ぎ、次へとコマを進めるために今作はあるのでしょう。序破急の破となる展開。アールに決意させるための展開。状況に流されているだけだったアールが自分の意志で行動するきっかけとなるための展開。そう思うと居心地がいいように思えた前半の展開そのものが大きな伏線だったのでしょう。ラストで世界はひっくり返ります。
そして前作で物語から退場したかに思えたグレイ。あのひねくれ者のことは気に入っていたので、次回以降に動きがありそうなラストでの登場にニヤリとさせられました。続きが待ちこがれます。
プロフィール

大吉

Author:大吉
物語の魅力を伝える古本屋をやっています。

好きな作家は、有栖川有栖、田中芳樹、江戸川乱歩、倉知淳、恩田陸、北村薫、宮部みゆき、京極夏彦、小川洋子、殊能将之、梨木香歩、泡坂妻夫、東川篤哉、綾辻行人、長野まゆみ、大崎梢、恒川光太郎、吉田篤弘、上橋菜穂子、岡田淳、R・ダール、E・ケストナー、などなど。気になりゃ何でも読みます。

子どもたちに物語の面白さを伝える、そんな駄菓子屋のような古本屋を目指します。

「古本 大吉堂」大阪市住吉区遠里小野5−3−1




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