『川の名前』(川端裕人)



夏休みの自由研究に野生のペンギンの観察をする。それだけ聞くと荒唐無稽ですが、そこにリアリティという説得力を持って来るのがこの作者のすごいところでしょうか。
夏と少年の物語。少年たちはそれぞれ家庭の事情があり、越えるべきものを抱えている。重苦しくなく軽やかに、それぞれの挫折と成長が書かれています。子どもだからできないこと、子どもだからこそできること。大人の関わりは干渉となり手助けとなり。はじめ小学5年生という設定はこの物語のテーマに対して幼いのではないかと思いましたが、その幼さがもつ無茶が起爆剤として素敵に作用していました。
物語の内容についてはここでは書きません。何故なら読んで欲しいから。作品のタイトル『川の名前』は実にこの物語を表わす言葉なのですが、なかなか手に取ってもらいにくいだろうなとも思います。少年たちの煌めきに共鳴できる、そんな作品だから大人にも子どもたちにも読んで欲しい一冊です。
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「フシギ伝染』(板橋雅弘)



ある小学校のクラスメイト8人が遭遇するフシギ。
ひとつひとつの話は短いので物足りなさというか言い足らない部分も感じたのですが、読み進めているうちにその語られない部分にフシギを膨らます部分もあるような気にもなってきました。
魔法のヤカンが叶えてくれた望みとは? UFOに出逢った少年、空を飛べたらどこへ行く? スプーンを曲げる超能力、などなど子どもたちの日常のすぐ横に忍び寄るフシギ。怖くもあり楽しくもあるフシギを味わえます。

『ふるさとは、夏』(芝田勝茂)



夏休みを父親のふるさとでひとり過ごすことになったみち夫は村に馴染めずにいた。バンモチという伝統行事が行なわれた夜、みち夫と村の少女ヒスイの前に白羽の矢が突き刺さる。神社ごもりの介添えに指名されたみち夫は、白羽の矢を巡り村の神さまたちと出会うのだった。
はじめ村社会に馴染めないみち夫の気持ちに同調し息苦しくなりました。村に馴染めないのはみち夫が馴染もうとしないからである。それはそうなのですが、東京からひとり否応なく知らない村に放り込まれ、さあ馴染めというのも酷なものです。
そのみち夫の孤独さのようなものを表わすのに、方言がとても効果的に用いられています。みち夫が意味が分からず問うたものはその意味が答えられるのですが、ほとんどのものが注釈などなしにがんがんと浴びせかけられます。読み進めていくと物語の中でみち夫がそうであるように、ニュアンスがわかるようになるのですが、それまでは自分が異分子であることを感じる、そんな役割があります。
そんなみち夫の孤独感と寂寥感を癒す…というか逸らしてくれるのが村の神さまたちなのです。いわゆる土着の神さま。村の歴史に則したものから生まれるその土地の信仰。そんな神さまがごく当たり前のようにみち夫の前に姿を現し語りかける。そのごく当たり前のようなことが他者を受け容れることと知るみち夫は、自分の見てきた世界と違う世界があることを知ります。そのみち夫の心境は読み手にも繋がり、いつの間にか方言が気にならずに読めることになっていることにも気付かされます。
それは何も異界との境界の問題だけではないのでしょう。生きていく中で出会う自分とは違うもの。それを自分の中にどう受け容れるのか。構える必要はない。ただ挨拶をするように自然に受け容れる。それは簡単でありながら、難しいことでしょう。そのことが村の娘ヒスイとの出会いや、白羽の矢をうったのは何者かという謎と絡み合い、ひと夏の不思議な経験という形で示されています。それが物語の面白さであり、物語がもつ力なのでしょう。

『チョコレート王と黒い手のカイ』(ヴォルフ・ドゥリアン、石川素子・訳)



アメリカのチョコレート王がベルリンにやって来て「求む広告王!」と新聞に広告を出した。それを受けて街の子どもたちの秘密結社「黒いて団」のリーダーカイは名乗り出るのだった。
大人の広告専門家とカイたち子どもたちとの広告合戦が荒唐無稽に描かれます。子どもたちはあらゆる手を使って攻めるのですが、それに対して大人である広告屋も本気で対抗しますし、チョコレート王は面白がるのです。この手の子どもが大人に対抗する話では大人が「嫌な人」として書かれがちなのですが、ここではそういう描写がないのです。もちろんはじめは子どもたちをバカにしたり、相手にしなかったりはあるのですが、いざことが始まると本気で対応するんですね。だからこそこの物語がただ単に荒唐無稽の無茶苦茶だけに終わらず、面白さと爽快さをそなえたものになっているのです。
また次から次へとカイたちが考え出す珍アイデアの応酬が繰り返されるストーリーの中に、カイと妹のエピソードを挟むことでカイの人柄を見せるだけでなく社会情勢も見せるやり方が巧いですね。それがあるからドタバタだけで終わらない物語の深みがあるのでしょう。百年近く読み継がれている物語のすごさも思わされます。

『飛び跳ねる教室』(千葉聡)



「ちばさと」こと歌人の千葉聡さんは30歳を過ぎてから中学校の国語教師として新たなスタートを切る。新人教師に待っていたのは過酷な毎日だった。しかしその過酷さの向こうには温かい笑いに満ちたものも待っていた。
教師としての毎日や子どもたちとの交流が、短歌を交えて語られます。この短歌を交えてというのがこの本の一番の特徴でしょうか。いや、短歌エッセイと銘打たれているのだから当然なのですが。中学校というのは大変なところであるというイメージが先行しています。ちばさとも散々周りからそのことを言われ、実際に自分でもその大変さを味わいます。しかし中学生とともに歩むことを決めた時に大変さだけではないことにも気付かされます。
これは中学生とふだん接していない人には中学生が持つ様々な顔に気付かされるものとなるのかも知れません。一口に中学生と言っても彼ら彼女らはひとりひとり違う顔を心を持っています。そんな当たり前のことにも気付かされ、中学生たちに媚びるのでなくすぐそばにいるちばさとの素敵さに気付くのです。
そして短歌と触れ合っていなかった人が短歌の魅力に気付く本でもあるでしょう。中学校での様子がエッセイとしての文章だけでなく短歌でも表わされているので、より多角的にこちらの心に入ってきます。そのことで短歌があらゆる物事を表わすことができるのだということにも気付かされます。短歌を教科書などでしか知らなければ、短歌って堅苦しいもの高尚なものというイメージがあるんですよね。僕も最近になってそのイメージから脱却しましたから。31文字の短い中にこれだけの世界を込めることができるのだと思い知らされます。
普段自分が接していない世界を知ること。その面白さを楽しむことのできる、そんな一冊でした。

プロフィール

大吉

Author:大吉
物語の魅力を伝える古本屋をやっています。

好きな作家は、有栖川有栖、田中芳樹、江戸川乱歩、倉知淳、恩田陸、北村薫、宮部みゆき、京極夏彦、小川洋子、殊能将之、梨木香歩、泡坂妻夫、東川篤哉、綾辻行人、長野まゆみ、大崎梢、恒川光太郎、吉田篤弘、上橋菜穂子、岡田淳、R・ダール、E・ケストナー、などなど。気になりゃ何でも読みます。

子どもたちに物語の面白さを伝える、そんな駄菓子屋のような古本屋を目指します。

「古本 大吉堂」大阪市住吉区遠里小野5−3−1




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