『岸辺のヤービ』(梨木香歩)



いかにもな物語、いかにもな文体、いかにもな挿絵、そんないかにもな要素が集まり素敵な作品となっています。こんな作品がいま生まれた喜び、いま出会えた喜び。
マッドガイド・ウォーターの岸辺に棲む小さないきもののヤービ。ウタドリ先生が偶然出会ったヤービから聞いた彼らの物語。ものを食べることに疑問を抱いたいとこのこと。ママを探しに冒険したこと。新しくできた友達とお茶会を開いたこと。冬ごもりの準備を始めたこと。
ヤービが出会ったのが学校の先生、大人であることがこの物語の肝となるのかも知れません。例えば体の弱い女の子でなく、例えば好奇心旺盛な男の子でもなく。大人であるウタドリ先生に、小さないきものの中でも子どもであるヤービが起こったことを話す。そのため物語の語り手は小さないきものたちの世界を知らぬとも、聞くことでその世界を自分で再構築して我々に伝えてくれます。
ヤービよりも少し高くから遠くまで見ることのできる大人の目で受け取っているので、ヤービ自身も気付いていないお話の奥にあるもの向こうにあるだろうものをも感じさせながら語られます。弱肉強食の食物連鎖のこと、変わりゆく自然環境のこと。あなたと私の繋がりのこと。それが世界の広がりとなり、より一層ヤービたちの息吹を感じさせるのです。
ふだん本を読みながら映像化を望むことは少ないのですが、これはアニメ化されてテレビで放映されたらいいなと思いました。身近にこんな物語があればいいなと思うのです。心が豊かになるだとかなんだとかでなく、だってその方が楽しいですもの!と言いたいのです。
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『月と六ペンス』(サマセット・モーム、金原瑞人・訳)



タイトルだけは知っているが内容を全く知らず、でも何かが気になって手に取ったのです。タイトルの響きかも知れません、表紙のデザインかも知れません、金原瑞人さんが訳をしていたからかも知れません。そして読み始める時にはじめてゴーギャンをモデルとした人物の物語であることも知りました。
そんな状態で読んだ物語はとても強い力を持っていました。職も家族も自分さえも捨てて絵を描くことを選んだストリックランド。いや絵を描かずにおられなかったと言うべきでしょうか。あまりにも強烈なその想いは周りの人たちを否応なく巻き込みます。
主人公はストリックランドのことを気になりつつも反発も持ちます。しかし主人公とは別にストリックランドに引き込まれる人が出てきます。その芸術的力量に惚れるもの、ギラギラとした魂に引かれるもの、ただそばに付き添うもの。そんな人たちの想いもまた強い力を持っていました。引き付けられるが決して受け容れられずに弾かれる力。それはストリックランドが持つ引力に対する斥力として在ったものかも知れません。それが天才というものの存在を示すのでしょうか。

『あたらしい図鑑』(長薗安浩)



扁平足がきっかけで出逢った老紳士は詩人だった。
過去様々な作家が「少年と老人と夏」で物語を紡いでいます。この組み合わせはある意味定石なのでしょう。しかしだからこそ難しいテーマでもあると思います。そして見事にここにしかない「少年と老人と夏」が描かれていました。
言葉にならないものを言葉にするのが詩人。そんな詩人からもやもやとした言葉にならないものをスケッチブックにスクラップしていけと言われる少年。はじめはもやもやとしたものとは何なのか、それ自体がもやもやとしていたのが、気になる言葉を次々に辞典で調べ自分の言葉にしていく内に現れるもやもやとしたもの。言葉に向き合うことによって、世の中のアレコレ森羅万象とも向き合うことになる。言葉と向き合うことで世界は広がる。そんな真っ直ぐなメッセージが眩しく素敵です。
出逢った瞬間に恋に落ちる憧れの少女、気の置けない親友(この少年もまた己に真っ直ぐで素敵なのです)、そんな青春もの直球な要素を加えながら、詩人と少年の交流がかっこよく描かれます。そう、かっこいいんですよね。詩人もその詩人に対して真っ直ぐな少年も。このかっこよさが青春小説の醍醐味なのでしょう。

『ビブリア古書堂の事件手帖7 栞子さんと果てない舞台』(三上延)



ビブリア古書堂完結編はシェークスピアの稀覯本ですよ! というところですが、やはりこの最終巻での見所は篠川母娘の対決と栞子さんと大輔の関係の行く末でしょうね。
母娘対決に関しては、実際の舞台設定以上に脳内でエフェクト演出して楽しむものだと思うのです。効果音バンバン背後に竜虎ドドン!そんな感じで楽しんで読んでおりました。
栞子さんと大輔の関係にしても大きな波は前の巻までに済んでいる節がありますが、ここではミステリもの定番のワトソン役の存在意義のようなものも問われています。もちろん謎を解明する上でワトソン役を通すことで読者にわかりやすく開示する役割というのはありますが、それはあくまで「小悦構造」としての役割。物語の中での役割、探偵役の横にいる意義とは別のもの。これに関しても、ここぞという見せ場が用意されているのが心にくいです。
ミステリ的要素に関しては今回は薄めでしょうか。伏線もわかりやすく張られています。しかしその伏線が活かされる場面の見せ方が巧いんですね。なので、ここでこう来たか!という爽快感があります。
古本とミステリを見事に融合させ、しかもキャラクター小説としての魅力もたっぷりだったこのシリーズ。本編は完結といえど、なんやかんやと続く模様。それまたしっかりと楽しみにしましょうかね。

『ジョージと秘密のメリッサ』(アレックス・ジーノ、島村浩子・訳)



4年生のジョージは体は男の子でも、自分は女の子だと感じていた。テレビやインターネットの知識から自分がトランスジェンダーであると知る。学校で「シャーロットのおくりもの」の劇をやることになり、ジョージはシャーロットの役をやりたがったが、女の子の役だとやらせてもらえないのだった。
今現在テレビなどでも多様な性の話題は出てきます。しかしそれはテレビの中の話、大人の話と子どもたちの目には映るのではないでしょうか。だから児童書でトランスジェンダーを扱い、しかも読み手とされる子どもたちと同じくらいの年齢の子の話として書かれているのは、意義が大きいのではないでしょうか。
ジョージは自分の体に違和感を持ち、誰にもそれを話せないことに悩みます。しかし親友のケリーに自分が女の子だと思っていることを話すと、ケリーは驚きつつもそのことをそのまましっかりと受け止めるのです。それだけでなく自分がやることになったシャーロットの役をこっそりと代わってくれたり、ジョージを女の子として付き合ってくれたりするようになります。ケリーの言葉のひとつひとつ、行動のひとつひとつが実に素敵です。
シャーロットを演じることが、いつも男の子を演じているジョージの心を開放させます。そんなジョージの気持ちを受け止めることに躊躇する母親に校長先生は、親は子どものあり方をコントロールできないけれど、支えることはできると伝えます。それこそ悩む子どもたちが大人に求めるものなのでしょう。これはトランスジェンダーという問題だけでなく、悩んでいる全ての子らの支えとなる物語なのでしょう。
プロフィール

大吉

Author:大吉
物語の魅力を伝える古本屋をやっています。

好きな作家は、有栖川有栖、田中芳樹、江戸川乱歩、倉知淳、恩田陸、北村薫、宮部みゆき、京極夏彦、小川洋子、殊能将之、梨木香歩、泡坂妻夫、東川篤哉、綾辻行人、長野まゆみ、大崎梢、恒川光太郎、吉田篤弘、上橋菜穂子、岡田淳、R・ダール、E・ケストナー、などなど。気になりゃ何でも読みます。

子どもたちに物語の面白さを伝える、そんな駄菓子屋のような古本屋を目指します。

「古本 大吉堂」大阪市住吉区遠里小野5−3−1




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