『Jに羽根はいらない』(界達かたる)

Jに羽根はいらない

涼平がバスケットコートで出会った少女涼羽は、怪我のためバスケを諦めようとしていた。そのことに憂いを感じた涼平は、涼羽にあるゲームを提案するのだった。
実に真っ直ぐで真っ正直な青春物語でした。好きという気持ち、打ち込めるもの、怪我、事故、病気、家庭の事情、幼なじみ、憧れの人、偶然の再会などなど、まるでみんなが好きなものを詰め込めるだけ詰め込んだ幕の内弁当のような展開が待っていました。しかもそれぞれの要素がどこかで味わったことのある感じで、だからこそ安心して味わうことができるというものでした。そのため実に読みやすくスッと情景が流れていきます。
3章仕立てになっており、それぞれ視点が時間や人物を変えることで変化をつけ、物語を多重層構造にしています。ある仕掛けもとてもきれいに仕掛けられています。しかしそれもわかりやすく提示されているため、どこか既視感めいたものがあるのです。
でもこれが今風の物語なのかも知れません。安心思考というのでしょうか。驚くにも感動するにも先もって心の準備をしてからでないと、安心して驚けないし感動できない。驚きや感動にきちんと道標が立てられている。幕の内弁当の中身は知ったおかずでないと食べにくい。
物語自体は面白いものでした。青春小説は恥ずかしいくらい真っ直ぐな方が伝わることもあるのでしょう。物語の面白さを体験するのにいい作品かも知れません。
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『森へようこそ』(風野潮)

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物語のリアリティとは何をもって言うことなのだろうか。ここでは植物の声を聞いたり植物と同調するという超常現象じみたことが出てきます。しかしそれをもってリアリティがないというのは違うと思うのです。これはそういうものそういうお話として設定を受け容れたあと、そのことによる登場人物の感情や行動に納得し得るかどうか。そこが物語に於けるリアリティなのではないでしょうか。
ずっと離ればなれにいた双子の弟に、植物の声が聞こえるという変わった能力があるということ。そのためにクラスの子らと馴染めず不登校となっていること。それに対して美森ははじめ変だと思い、後に瑞穂に共感していく。その感情の移り変わりは実にリアリティがあったのです。だからこそ読者も美森や瑞穂に感情移入していけるのでしょう。
そして登場する大人がみな子どもに対して正直なのですね。正直過ぎて自分の弱さも自分勝手さも見せてしまうので、子ども側からすれば大変なのですが。その描写もこの物語を支えるものともなるのでしょう。
弱いものや自分たちと異なるものを排除し攻撃するということ。そのこともさらりと書かれているため、怖さを感じさせます。問題から目を背けた担任の先生はその行ないを悔いますが、実際にいじめていた子らはそれに対して罪悪感は持っていないように見える書かれ方にも怖さが募ります。それでいながらいじめられていた側が自らの強さによって前に進むことで、一旦物語は幕を閉じます。さて、その後クラスはどうなるのだろう、と気になったのですが、この物語の主題は家族の再生。クラスの再生はまた別のお話となるのかも知れません。
全体の流れからは心温まる物語なのでしょうが、そんな登場人物たちの感情のリアリティに怖さをも感じた作品でした。

『土曜日の子ども』(小森収)



書店員を語り手とした連作ミステリ短編集。
第一話が50円玉20枚の謎(決まった曜日に50円玉20枚を千円札に両替して欲しいと書店員に頼む客の謎)から始まったので、書店を舞台とした日常の謎かなと思ったら、すぐに殺人事件が起こり、おやおやと思っている内に思いも寄らぬところに案内されてしまったという感じでした。
はじめの内は事件そのものよりも、そこにある謎に主眼が置かれていました。どしゃ降りの雨が降っていたのに死体のそばにあった傘が使われていなかったのは何故か? というように。それは事件そのものがかたりと距離のあるものだったので、気軽に謎を楽しむことができたのかも知れません。
しかし事件と語り手との距離が徐々に縮まり、事件そのものの重みが語り手を通して読み手にもずしりと感じられるようになるのです。そうなると謎よりも事件そのものの意味が大きく問われることになるのです。凛とした文章で綴られているため嫌な感覚はありませんが、気付いたら心の奥に重いものが残っていました。また語られていない部分の大きさや重さをも感じさせる、そんな物語でした。

『川の名前』(川端裕人)



夏休みの自由研究に野生のペンギンの観察をする。それだけ聞くと荒唐無稽ですが、そこにリアリティという説得力を持って来るのがこの作者のすごいところでしょうか。
夏と少年の物語。少年たちはそれぞれ家庭の事情があり、越えるべきものを抱えている。重苦しくなく軽やかに、それぞれの挫折と成長が書かれています。子どもだからできないこと、子どもだからこそできること。大人の関わりは干渉となり手助けとなり。はじめ小学5年生という設定はこの物語のテーマに対して幼いのではないかと思いましたが、その幼さがもつ無茶が起爆剤として素敵に作用していました。
物語の内容についてはここでは書きません。何故なら読んで欲しいから。作品のタイトル『川の名前』は実にこの物語を表わす言葉なのですが、なかなか手に取ってもらいにくいだろうなとも思います。少年たちの煌めきに共鳴できる、そんな作品だから大人にも子どもたちにも読んで欲しい一冊です。

『西巷説百物語』(京極夏彦)



今回の巷説は上方が舞台で以前も出てきた靄船の林蔵がメインとなると聞き、はてメインとなるような人物だったかなと思いましたが、するりと人の懐に入ってくる存在感があるのだかないのだかというのが魅力に思えました。
これはミステリでいうところの「倒叙もの」の手法ですね。犯人側の視点で物語が紡がれる。犯人というとしっくりと来ないものもありますが、犯人やら加害者が事件や世間や社会や人々をどう見ているのかが描かれています。
その視点は悪党のものであったり下衆のものだったりもしますし、世間とのズレに気付かなかった故の悲劇であったりもします。その事を起こしてしまった側の理屈や視点と世間の視点を繋ぐものとして怪異や妖怪があるのでしょう。あちら側に行ってしまった人の前に己の姿を映す鏡として妖怪が現れ、それでいいのか、こちら側に戻って来いと問いかける。そんな物語構造が美しいのです。
そしてこれはある種のキャラクター小説なのでしょうね。それぞれ得意技をもった人々がチームを組んでプロジェクトに取り組む。その痛快さも楽しみました。
プロフィール

大吉

Author:大吉
物語の魅力を伝える古本屋をやっています。

好きな作家は、有栖川有栖、田中芳樹、江戸川乱歩、倉知淳、恩田陸、北村薫、宮部みゆき、京極夏彦、小川洋子、殊能将之、梨木香歩、泡坂妻夫、東川篤哉、綾辻行人、長野まゆみ、大崎梢、恒川光太郎、吉田篤弘、上橋菜穂子、岡田淳、R・ダール、E・ケストナー、などなど。気になりゃ何でも読みます。

子どもたちに物語の面白さを伝える、そんな駄菓子屋のような古本屋を目指します。

「古本 大吉堂」大阪市阿倍野区王子町3−4−4




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