『ホテルカクタス』(江國香織)

ホテルカクタス (集英社文庫)
ホテルカクタス (集英社文庫)

古びたアパート「ホテルカクタス」に住む三人の物語。と書くとごく普通なのだが、この三人というのが帽子ときゅうりと数字の2なのです。あだ名でも喩えでもなく正真正銘帽子ときゅうりと数字の2。
その三人が部屋で好きな飲み物を手に語らったり、旅に出たり、恋をしたり、詩人ごっこをしたり。その様子がじつに心地好いのです。
三人は友達だけど、ちょうどいい距離を保っているのです。いや友達だからちょうどいい距離を保っているのかも知れません。相手を尊重しながら相手に同調しない。相手が興味を持っているものを一緒に楽しんでみるが、自分に合わなければやめてしまう。自分の意見は言うけれど相手を否定はしない。そんな理想的ともいう間柄を三人は築いているのです。
これは帽子ときゅうりと数字の2だからこそ成し得る関係性なのかも知れません。もともと相手と自分は違うものとわかっているからこそ成し得る関係なのかも知れません。でもそれは同じ人間同士でも言い得ることなのかも。
そんなことが佐々木敦子の少し不安感を煽る風景画によって寓話性を高めて示されるのです。
そして理想的とも言える関係性を築いた三人は、理想的かもしれない別れを迎えるのです。何とも心地好い読後感でした。
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『ようこそ、おまけの時間に』(岡田淳)

ようこそ、おまけの時間に (偕成社文庫)
ようこそ、おまけの時間に (偕成社文庫)

授業中12時のサイレンが聞こえてきたと同時に、賢は夢の世界に入り込んでいた。そこでは茨が四方八方に入り乱れており、教室のみんなの体に巻き付いていた。その日から毎12時に夢の世界に行けることを知った賢は、茨を切り体を自由にして周りの友達も茨から解き放つのだった。
いつもと同じだけど何かが違う、そんな夢の世界で自由に動けることができたならどうするか。そこで目覚めたクラスメイトはいつもと違う感じがしたのは何故か。そう思うと茨が何を象徴するものかが見えてきます。
夢だと思ったから素直になれた。夢だと思ったから格好をつけられた。夢だと思ったからいつもと違う自分になれた。つまりそれは現実世界ではそうできなかったとのこと。夢で体の自由を奪っていた茨は、現実世界にもあるのかも知れない。
そんなことを考えさせる部分と、いつもの学校だけどいつもと違う学校、そんな異世界を子どもの力だけで切り開いていく冒険の楽しさが絶妙に絡み合っています。だから読んでいてまず楽しさがあります。どうやって茨を切っていくのか、目が覚めた子らとの連携、先生や親にはナイショの時間。そんなドキドキする気持ちを高めてくれるのは、冒険の舞台が学校という子どもたちにとって何よりの日常だからかも知れません。

『べんけいとおとみさん』(石井桃子)

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30年以上前に出た本ですが書かれたのはその20年以上前ということで、今から50年以上前のお話ですね。
元気な男の子のかずちゃんとかわいい妹のまりちゃんと、しっかりものの猫のおとみさんとやんちゃな犬のべんけいのお話。今よりものんびりとして緩やかな時代の温かいお話。
かずちゃんとまりちゃんは(そしてお父さんとお母さんも)おとみさんやべんけいとごく自然に会話を交わしています。しかし猫や犬が人の言葉を話しているというよりは、気持ちが通じて言葉も通じているという感じなのです。だからファンタジーという感じではなく、あくまで日常のお話。だから突飛なことが起こる訳でもなく、大事件も起こりません。でもそれぞれみんなにとっては、ひとつひとつの出来事は大切なこと。大きな意味をもつこと。
日常のひとつひとつを大切に見守る文体がその時代と相まって温かく緩やかなものとして花咲いているのです。50年以上経った今だからこんなお話が必要なのかもしれません。

『奇跡の教室 エチ先生と『銀の匙』の子どもたち』(伊藤氏貴)



中勘助の『銀の匙』を中学3年間掛けて読み解く授業を、灘中学校で行なわれていたという話は聞いていました。しかしどのような形で授業が展開されているのか、全く想像もつかなかったのです。ここではその伝説の授業の一部始終を、授業を執り行なった橋本武先生(エチ先生)の生い立ちから丁寧にまとめられていました。
まず驚いたのは『銀の匙』を用いた授業というものがまだ若いエチ先生による起案であったということです。学校を上げてのプログラムだと思っていましたが、一教師のアイデアから始まっていたことに驚き、それを行なうことのできた灘校の自由な校風というものに感心しました。
ただ単に『銀の匙』を読み込んでいくだけに留まらず、そこに書かれていることから想起して横道に逸れる。それは語句の意味からの広がりであり、文中に現れる事柄を実際に体験することでもある。国語を学ぶ力の背骨だと言うエチ先生の言葉のように、国語という教科はその教科の範囲を超えて影響していく。人が生きるための力が国語によって養われるのだろう。横道こそが王道となるのである。
人は思考する時、他者の話を聞く時、自らの意見を発する時、どの時にも文章によってそれを成している。文章を理解し組み立てる力こそが生きる力となるのだろう。実際にエチ先生の授業を受けた人たちのその後に焦点を当て、取材をすることによってそのことを証明している。それは単に東大に合格した社会に於いて重要な地位に就いたというだけでなく、人として考え行動する根本となる力をエチ先生の授業で得たことが語られている。
インターネットの普及に伴って、人は調べること考えることが不得手になっていると感じています。答をポンと与えられること、それは調べることにも考えることでもない。自ら調べ考えまとめる。そんな力を得るにはどうすればいいのか。この本にはそのことを考えさせられるものが、たくさん詰まっていました。これを読んでこんな授業受けられたらよかったのになと羨んで終わるのでなく、これから進む一歩の指針となるような本でした。

『想像ラジオ』(いとうせいこう)



大きなできごとが起こった時に、当事者以外はどうすればいいのか。どう思い感じればいいのか。人々の声に耳を澄まし、そっと聞くのがいいのか。人々の声を聞くためのよすがとなるのが想像なのか。
東日本大震災に材をとった作品。これはあの震災をその枠外の人々がどう受け止めればいいのかの指針となるものかも知れません。DJアークは想像の力が電波となり声が届くと言います。その声が聞こえるのは当事者の耳。当事者たちは声が聞こえないもののことも想像する。しかしその声を記しているのは当事者以外のものであり、当事者の想いを想像する。あちらとこちらを繋げるものとして響かれる想像。
思いを寄せる、思いを馳せる、自己と他者を結び付けるのは思い、すなわち想像によるもの。思いを交差させる想像の力を感じ入りましょう。
プロフィール

大吉

Author:大吉
物語の魅力を伝える古本屋をやっています。

好きな作家は、有栖川有栖、田中芳樹、江戸川乱歩、倉知淳、恩田陸、北村薫、宮部みゆき、京極夏彦、小川洋子、殊能将之、梨木香歩、泡坂妻夫、東川篤哉、綾辻行人、長野まゆみ、大崎梢、恒川光太郎、吉田篤弘、上橋菜穂子、岡田淳、R・ダール、E・ケストナー、などなど。気になりゃ何でも読みます。

子どもたちに物語の面白さを伝える、そんな駄菓子屋のような古本屋を目指します。

「古本 大吉堂」大阪市阿倍野区王子町3−4−4




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