『さかなクンの一魚一会〜まいにち夢中な人生!〜』(さかなクン)

さかなクンの一魚一会 ~まいにち夢中な人生!~
さかなクンの一魚一会 ~まいにち夢中な人生!~

テレビでもお馴染みのさかなクンによる自叙伝。幼い頃(幼魚時代)から現在(成魚)までのことが書かれています。

トラックと妖怪が大好きだった子がタコと出会い魚全般に興味を持っていく。その様子が詳しく書かれています。それも失敗談を核にして書かれているんですね。
タコに出会いたいから海に行き捕まえたのに、炎天下の下でバケツに入れたままだったので死なせてしまったこと。割烹料理屋の水槽にいたウマヅラハギを貰おうとしたら姿造りとなって出てきたこと。魚は食べることも大切とさばいて刺身にしたものの水で洗ってそのまま出したので味がしなかったこと。ハゼの水槽にコバルトスズメをそのまま入れて死なせてしまったこと。そんな失敗の連続がそのまま綴られているのです。
そしてそこにはいつもじっと見守るさかなクンのお母さんの姿も。

失敗を繰り返すことができる環境が、今のさかなクンを生んだのだというのがわかります。つい先走って失敗しないように口を挟むこともなく、失敗した後責めることもなく、自分で考え自分で行動する場を作っていたお母さんの姿がさかなクンを通して見えるのです。
もしかするとそれこそがさかなクンが伝えたかったことかも知れません。失敗はつらいことです。場合によっては周りに迷惑をかけることもあります。しかしその失敗をなかったことにしては、次に繋がらない。失敗を先に取り除かれたら、自分で考えることができなくなる。失敗を繰り返してもいいんだよ。そこから次のステップが生まれるのだから。
それは子どもたちに伝えたいことですし、子どもたちに接する大人も知っておきたいことです。そのことがあのさかなクンの姿そのままに記されていました。
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『ドルオーテ はつかねずみは異星人』(斉藤洋)

ドルオーテ はつかねずみは異星人 (講談社青い鳥文庫)
ドルオーテ はつかねずみは異星人 (講談社青い鳥文庫)

ベランダで星を見ていた達郎の前に現れた小さな宇宙船。それに乗って地球にやって来た異星人ドルオーテは、はつかねずみを用意してくれと言うのだった。

いわゆる「居候型」の物語です。まんがならば「ドラえもん」や「オバケのQ太郎」、児童文学なら「くまのパディントン」でしょうか。昔からお馴染みの形ですね。主人公が異世界に行かず、異世界(宇宙だったり未来だったり魔法の正解だったり様々な異世界がありますが)から主人公の日常に何かがやって来ることで物語が始まります。
その居候型の物語には大きく分けて2種類あると思うのです。居候キャラの破天荒な行動や、常識のズレから起こる騒動に主人公が巻き込まれるパターン。そして居候キャラの特殊能力によって主人公を助けたり希望を叶えたりするパターン。そのふたつの融合パターンもありますね。

しかしこの「ドルオーテ」はそのふたつのパターンとは少し違う感じがするのです。
ドルオーテが持つ異星人の高度な技術力や異星人特有の性質に達郎が助けられるシーンはあります。しかしそれが物語の中心には据えられていない気がするのです。
ドルオーテも達郎を助けるためにそこにいる訳ではなく、自分の研究心や元の世界に帰りたいという思いに則り動いているのです。その中で友情を築いた達郎を助けるのは、謂わば当たり前の話なのですね。友達だから助ける、ただそれだけのこと。各々勝手にやっているのに友情によって結ばれている、そんな様子がとても心地好いのです。
それは達郎の何でも受け容れる性格にも因るのかも知れません。一見大人げなく放任主義にも思える両親の元で育ったからこそ培われた性質なんじゃないかなとも思いますが、それはうがち過ぎですかね。
そんな達郎がドルオーテという異星人(自分と異なるもの)に出逢い付き合う中で起こる心の動き、それが物語の核となるので他の居候型の物語と違った印象があるのかも知れません。そこが楽しくてグイグイ読んでいました。

『図書館ドラゴンは火を吹かない』(東雲佑)

図書館ドラゴンは火を吹かない
図書館ドラゴンは火を吹かない

魔法使いに育てられた少年ユカは、世間の魔法使いへの偏見をなくすために物語師を志して旅立つ。旅の途中でドラゴンのリエッキと出会ったユカは、彼女への想いが募り魔法使いとして覚醒するのだった。

読者に対して語りかけるような文体で表わされる物語は、語ることを生業とする物語師の物語。時代も舞台も視点も様々に変えながら語られるので、物語が何重にも層になって現れます。
語りの文体のため登場人物たちと読者との距離ができ、物語を遠景で眺めているように感じます。しかし登場人物それぞれが物語られることにより、それぞれの想いが浮かび上がって読者との距離を縮めるのです。これこそが物語が語られることの効果なのでしょう。それは作品内で物語師が聴衆を前に語っている場面に通じるのでしょう。
物語世界が整い、人物たちが起き上がり、さてこれからというところで物語は一旦幕を降ろします。まだ語られていない物語を期待して本を閉じるのです。

『雨の日にも神様と相撲を』(城平京)

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相撲を愛する両親の元で相撲の知識と技術を教え込まれた文季が転校したのは、相撲好きのカエルの神様が崇められる村だった。小さい頃から相撲漬けの日々を送って来たため相撲の知識や技術だけでなく、相手の動きを見て対応策を考えることまでできるようになった文季だが、如何せん身体の小ささが災いして対戦成績はイマイチパッとなかった。しかしその能力をカエルの神様に見込まれ、村を治める一族の娘真夏を通じて神様に相撲を教えることになるのだった。
なかなか突飛な設定ですが、すんなり読ませられます。身体が小さいからこそ相手の一挙一動を見て対応する必要があり、それが文季の思考の全てを表わすことになっているのが面白いです。なので隣村で起こった死体遺棄事件に関してもその能力を活かして刑事である伯父に自分の考えを述べることに繋げるのも、突飛ながらも面白いです。しかしまあこの事件の部分は物語のメインではないのですが。
物語終盤に至る伏線の回収とどんでん返し、そこにこそこの作品のミステリ的面白さとしての醍醐味があるのでしょう。そして事件の真相の一部に気付かなかった文季が同じく見落としていたもの。その提示のされ方や落とし処が実に爽快なのです。なるほどこれこそミステリの面白さと膝を打ちます。
そこに身体の小さい文季と身体の大きい真夏。村を治める一族に課せられた運命。相撲に愛された文季が己の相撲で得たもの。ふたりのそれぞれの想い。そんなキャラクターが織りなす関係性が実に巧妙に絡み合って青春小説の妙があります。そこがミステリ的爽快感と相乗関係となって物語を盛り上げてくれます。

『ピースメーカー』(小路幸也)



赤星中学校は運動部と文化部の総合顧問の先生のいがみ合いからトラブルが起きていた。そのトラブルに対して架け橋となり平和をもたらす「ピースメーカー」となるのが放送部のふたりだった。
これは実に楽しい物語です。中学校の放送部の楽しさ、放送部の利点アレコレを使っての情報収集、そしてトラブル解決のカタルシス。それらが魅力たっぷりに書かれています。
短めの話がポンポンと詰められています。トラブルがあり情報収集があり解決策が思い付いたところで、ポンと結果は後日談として語られます。そのためテンポよく読めるのですが、登場人物たちとともに解決を経験するという部分では物足りなさもあります。しかし一番山となる事件に関しては、それこそ生実況の如く同時進行で書かれしっかりと味わうことができます。この辺りのバランス感覚は作者の他の作品でも感じますが巧いですね。
キャラクター設定から話の展開まで都合が良過ぎるとも思えるでしょうが、そんなことを指摘するのは無粋というもの。この楽しさを一緒になって満喫しましょう。1974年という40年以上前を舞台としているため、ある種のファンタジーとして味わうこともできるかも知れません。だからこそ楽しいことの抽出でいいのじゃないかと思わされるのです。これは現役中学生にも学園生活の楽しさを加味するものとなるのではないでしょうか。
対立する先生の子ども同士の恋愛、剣道部代表選抜の八百長疑惑、お昼の放送でのロック禁止令などなど。学内のトラブルをピースメーカーが解決します。
プロフィール

大吉

Author:大吉
物語の魅力を伝える古本屋をやっています。

好きな作家は、有栖川有栖、田中芳樹、江戸川乱歩、倉知淳、恩田陸、北村薫、宮部みゆき、京極夏彦、小川洋子、殊能将之、梨木香歩、泡坂妻夫、東川篤哉、綾辻行人、長野まゆみ、大崎梢、恒川光太郎、吉田篤弘、上橋菜穂子、岡田淳、R・ダール、E・ケストナー、などなど。気になりゃ何でも読みます。

子どもたちに物語の面白さを伝える、そんな駄菓子屋のような古本屋を目指します。

「古本 大吉堂」大阪市阿倍野区王子町3−4−4




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